芝田 優巳(しばた ゆうじ)
㈱シノケングループ 経営企画部 海外事業室 課長。
不動産鑑定士、税理士。上海在任歴4年。
早稲田大学大学院商学研究科修了。
野村不動産㈱でオフィスリーシング、都市開発コンサルティングなど、あおぞら銀行(旧日本債権信用銀行)で不動産鑑定評価、不動産投資分析、企業財務分析などを行った後、2006年から上海で中国不動産ビジネスに関わる。
中国では、不動産コンサルティング会社で不動産市場調査、鑑定評価、不動産投資コンサルティング業務、JVのアレンジメントなどを経験。昨年、㈱シノケングループに入社し、中国不動産投資コンサルティングなどを行う一方、中国人向け日本不動産投資コンサルティング業務も行うなど、現在は、日中両国の不動産ビジネスに携わっている。(記事に関するお問い合わせ、感想、取り上げて欲しい話題、中国ビジネスに関するお問い合わせなど、y-shibata@shinoken.co.jp までご自由にご連絡ください)。
上海通信7月号記事
5月中旬、「ユニクロ」(ファーストリテイリングのカジュアル衣料品店)の世界最大のグローバル旗艦店「上海 南京西路店」(店舗面積は、3,600㎡。新宿高島屋にある日本国内最大の店舗が1,650㎡ですから、規模は2倍以上です)が、上海の南京西路にオープンしました。グローバル旗艦店は、ニューヨーク、パリ、ロンドンに続く4店舗目であるようで、この店舗では、世界最大の売上を目指しているようです。
報道で既にご存知の方も多いかと思いますが、開店当日は、開店前に1,200人の行列ができるという大変な人気です。中国人は、行列を作ってまで買い物をするという習慣があまりないものですから、現地で暮らす私にとっても驚きでした。
ユニクロの中国進出は2001年ですが、これまで順風満帆であったわけではありません。08年時点では、中国の店舗は11店舗にとどまっていましたが、所得水準の向上と、ここ数年のファッションブームの追い風を受けるなどして店舗拡大を進めた結果、今回、中国での65店舗目の出店となりました。
中国のユニクロの店舗は、日本のユニクロの店舗そのものです。店舗内装デザイン、店員の服装(ユニクロの商品を着ています)、接客態度など、日本の店舗をそのまま中国に持ってきていると言っても過言ではありません。特に接客態度は素晴らしく、サービス水準が高いとは言えないここ上海で、世界で一番うるさいとも言われる日本人へのサービスと同様の水準で、顧客に対応しています。日本流にこだわりつつ中国人の消費者の心を掴んで今回の旗艦店出店まで至らしめた企業努力には頭が下がります。
高級ファッションストリート南京西路
ユニクロの旗艦店は、南京西路(West Nanjing Road)という所に位置します。南京西路というのは、上海で最も高級なファッションストリートで、上海中心部を東西に横断する、全長約2kmの商業エリアとなっています。このエリアには、上海で最もファッション感度の高い人達が訪れます。このエリアには、日系の梅龍鎮伊勢丹(ユニクロ旗艦店とは目と鼻の先です)や香港系の久光百貨(久光そごう百貨店)という高級百貨店の他、グレードAオフィス、高級ホテルが建ち並んでいます。グレードAオフィの下層には、恒隆広場(Plaza66)、上海商城(ポートマンリッツカールトン内の商業施設)、中信泰富広場(Citic Square)や金鷹国際(Golden Eagle)など、高級ブランドショップを多く抱える、上海を代表するショッピングモールがあります。
南京西路には、上海の旗艦店を構える高級ブランドショップが多くあり、中でも、ルイビトン(恒隆広場)やグッチ(金鷹国際)の旗艦店は通行人の目を引きます。日本では、今話題の某女優さんの銀座の美容クリニックの広告が話題になりましたが、インパクトはその比ではありません。個性が強い中国人気質のせいもあるのでしょうが、各ブランドが、いかに中国市場に力を入れているかが分かります。
ルイビトンの広告は、外見の派手さだけが先行するようにも思えますが、ルイビトン恒隆広場店は、土日には入場規制がかけられることもある程の人気です。日本では、ベルサーチが事実上撤退するなど海外高級ブランド市場が縮小傾向にありますが、今後上海(中国)では、海外高級ブランド市場が拡大していくものと予想されています。
中国市場研究グループ(CMR)の代表者の話では、中国の消費の中心は32歳以下の層にあるようであり、また、米コンサルティング会社であるマッキンゼー社のレポートでは、中国の富裕層は、日本やアメリカと比べて20歳若く、45歳以下が占める割合が80%にものぼるそうです。こうした購買力の高い層が上海の消費市場を支えているのでしょう。ユニクロの旗艦店の開店前、上海市内のホテルで会見したファーストリテイリング社の柳井正会長が「上海はアジアにとどまらず世界の中心になり、中国は米国や欧州と肩を並べる消費市場になる」と期待感を込めておっしゃっていたのもうなずける気がします。
高級ブランドを購入するのは、いわゆる富裕層の方も多いのでしょうが、ここ上海では、ファッションにも気を配る、中国で最もファッショナブルな人(特に女性)が多く、このような人達も上海の消費市場を牽引していると言っても良いと思います。
日本でも話題の、第二世代SPA(Specialty Store of Private Label Apparel)、スウェーデンのカジュアル衣料専門店「H&M(ヘネス・アンド・モーリッツ)」や、スペインの「ZARA」は、上海でも店舗の出店スピードを加速させています。H&Mは、08年の9月に日本(銀座)に初出店し、開店前には2~3,000人の行列ができる程の盛況でありましたが、上海では、その1年程前に既に1号店舗ができていました。
価格帯、商品の品質、ファッション性などを考えれば、ユニクロにとっては、この第二世代ショップが競合する相手となります。ユニクロの商品は、日本では、品質の良さなどからも人気がありますが、リーズナブルな価格設定も人気の要因のひとつと言えると思います。
実は、上海のユニクロの商品は、日本とそれほど変わりのない価格設定となっています。中国人から見ればこの価格設定は決して安くはありません(中国で最も所得水準の高い上海でも、1人当たりGDPは約1万ドルです。これは、日本の1人当たりGDPの3割程度の水準です)。上海では、ユニクロの商品は、品質の良い日本ブランドの商品として、中間層以上をターゲットにして売られています。
ユニクロの旗艦店のある「南京西路」駅周辺エリア
ユニクロの旗艦店があるのは、南京西路の中でも、ユニークな場所にあります。地下鉄2号線「南京西路」駅を下車し、すぐのところにあります。読者の皆さんは、どこがユニークなの?と思われることと思います。実は、南京西路の商業エリアは、道路沿いに商圏を形成しており、これまで、「南京西路」駅の周辺自体は、南京西路の路線沿いの商業エリアの中としては、あまり華やかとは言えませんでした。「南京西路」駅周辺は、高級な商業エリアというよりは、南京西路の1本南側の呉江路にある「小吃街」(軽食街。歩行者天国になっています)がある庶民的なエリアとして知られていました。かつては、小吃街は、小籠包と生煎(焼き小籠包)や手羽焼き、タコの串焼きなどの露店が所狭しと建ち並び、連日大勢の人で賑わっていました。現在では、半分が若者向けファッションモール 四季坊(In Point)の開業と同時にリニューアルオープンし、残りの半分は、閉鎖され改装が進められています。
呉江路は、大勢の人で賑わう人気のスポットではありましたが、一方では、交通渋滞、治安の悪化、火事や食中毒の危険性などがあり、付近の居住環境を悪化させていました。このことが原因で、上海市政府主導で改装が進められています。昔ながらの庶民的なエリアが変わってしまうのは、都市化・近代化の流れで避けられないことなのでしょうが、寂しい気もします。
四季坊の開業は、かつての呉江路のイメージを払拭しました。呉江路は、学生やカップルが訪れるオシャレスポットとして生まれ変わり、毎週様々なイベントが行われ、改装前と同様に多くの人で賑わっています。四季坊には、10代、20代向けの洋服や雑貨、カフェ、スイーツの店舗、アメリカのMLB専門店など、約120店舗が出店しています。店舗は、中国系はもちろんのこと、欧米系や日系の店舗も進出しており、バラエティーに富んでいます。飲食店舗では、日本でも大変な人気の「クリスピードーナッツ」も出店し、イギリス系の「コスタコーヒー(Costa Coffee)」の他、現在、上海で急拡大中の台湾系のパン屋「Cafe85℃」、日系ではカレーハウス「COCO壱番」や牛丼の「吉野家」が出店しています。
四季坊がオープンしたのが一昨年の夏ですが、続いて、一昨年末に「南京西路」駅の真上(四季坊の前方)にイギリス系のスーパーマーケット マークスアンドスペンサー(Marks&Spencer)が中国初の店舗をオープンさせました。
マークスアンドスペンサーは、イギリス最大手の小売チェーンで、衣料品から食品までを扱う、中所得者と高所得者の間にある層に人気のあるお店です。
かつて小吃街として有名であった「南京西路」駅周辺が、再開発により若者が集まるオシャレスポットへと変貌を遂げてきた中、満を持して登場したのがユニクロの旗艦店と言えます。ユニクロの出店は、「南京西路」駅周辺エリアの変貌を上海市民に強烈にアピールし、このエリアの集客力をより高めるために一役買っています。
既に銀座並みとなった上海中心部の賃料水準
最近、上海に進出して、物販・飲食など店舗を出店したいという日系企業が増えています。
進出を考える際、まず、驚かれるのが賃料の高さです。
図1では、上海主要商業エリアの賃料水準を確認することができます。これによれば、ユニクロの旗艦店がある南京西路エリアの平均賃料(建築面積ベースで算定)は、75.5元/㎡・日(月額約100,000円/坪)です。上海エリアでは最も高く、上海主要エリアの平均賃料 50.76元/㎡・日(月額約69,000円/坪)の1.5倍以上の賃料水準です。南京西路の賃料は、既に銀座に匹敵する賃料水準となっています。
これだけ賃料水準が高いにもかかわらず、ユニクロの旗艦店が所在する静安区の店舗空室率は、わずか2%です(図2を参照)。
上海、特に南京西路エリアには、外資系のアパレル・化粧品・嗜好品などの有名ブランドや外食産業が次々と進出しています。空きスペースが非常に少なく、立地条件の良い1階を探しても、ほとんど満室であるため、空きスペースを探すことは至難の業です。
南京西路に限らず、上海では完全な貸手市場であるため、賃料は、基本的には、右肩上がりで上昇しています(図3を参照)。
日本とは異なる商業施設事情
上海で初めて店舗を探されようという方は、日本との違いにとまどうことが多いようです。
それは、前述したように、賃料が高いことや、一見すると、良い店舗スペースが簡単に探せそうに見えて、実は、なかなか簡単には良い店舗スペースが見つからない、ということです。
上海の中心部では、賃料が高くなってはいるものの、日本と比べると人件費が安いので、トータルで考えるとコストは低くなり、良い店舗スペースさえ確保できれば、利益を上げられる可能性もでてきます。
しかし、肝心の店舗が見つけられなければ、開業にこぎつけることはできません。
簡単にスペースが見つからないのは、南京西路など上海の主要エリアの建物は、政府系企業や国有企業が保有していることも少なくないというのも理由のひとつです。たまたま空きスペースがあり、オーナーを訪ねてみると、オーナーが政府系企業で、コネクションがないから入居させてもらえない、ということもあります。また、立地の良い場所で建設が行われているショッピングモールに入居しようと問い合わせしたところ、既にコネクションのある企業で埋まってしまい、入居できないというケースもよくあります。要は、進出する企業が、相当のネームバリューがある企業であるなどの特徴がない限り、何らかのコネクションがないと、本当に良い場所を押さえるのは難しいのです。逆に、ネームバリューがある企業や、ユニークで新しいコンセプトを持った企業であれば、政府や政府系企業にもアピールしやすく、入居を歓迎されることもあります。
中国では、会社、店舗を設立するのにも、政府の許認可が必要です。
許認可の基準は、地方政府により異なります。また、社会情勢などにより異なります。例えば、今年に入り、ある日系の美容(エステ)関係の会社が店舗を探していたところ、上海万博が終わるまでは、新たな店舗は美容の営業許可が下りないという理由で、入居を断られました。その後、幾つか店舗候補を見つけ、オーナーとも条件面で合意していたものの、政府の許認可機関の了承を得ることができず、入居を断念せざるを得ませんでした。政府関係者によれば、中国では、エステとして営業許可を出した場合、店内でいかがわしい行為を行うようなお店もごくわずかではあるがあるようなので、お店を開業させてトラブルが発生するリスクを抑えるために、万博期間中は、美容の営業許可を下ろさないとのことでした。
中国人の嗜好に合わせる為の工夫
上海には、約50,000人の日本人が住んでおり、世界で最も日本人が多く住む海外都市となっています。
街のあちこちに、日系の飲食店舗があります。
しかし、日本人が多いからという単純な理由であまり準備をしないでお店を開業しても、なかなかうまくはいかないようです。日系の各社も、日本とは異なる上海人の嗜好に合わせるなど、日本の店舗運営をアジャストしています。
例えば、日本では、ドーナッツを店内で食べるよりテイクアウトする人の方が多い為、お店の面積は小さいのですが、中国では、逆に、テイクアウトするより店内で食べる人が多いため、上海のミスタードーナツの店舗は、日本の何倍もの広さがあります。
また、上海では、1店舗に数種類のメニューしかないようなお店はほとんどありません。どのお店に行っても、メニューは豊富です。日本では、牛丼の吉野家と言えば、「牛丼一筋」と宣伝しているように、牛丼を中心としたメニューになっていますが、上海にある吉野家は、牛丼以外のメニューも豊富にあります。店内は、日本で見られるカウンター式の店舗ではなく、まるでファミリーレストランのような店舗になっています。
カレーハウス「COCO壱番」では、日本式のサービスを提供するために、日本に留学している際、日本のCOCO壱番でアルバイト経験がある中国人を社員として採用するなどしているそうです。
飲食店舗とは異なりますが、ユニクロも、店舗スペース確保の問題をクリアーし、一方で、日本とは異なる現地の事情に合わせる為に試行錯誤を繰り返したのだと思います。
今回の旗艦店を開店するまでのこれまでのご苦労は、生半可なものではなかったと考えると、改めて敬意を払わざるを得ません。